夢と集合意識の世界についての仮説

フロイトやユングの夢分析に代表されるように、夢に魅せられて、夢について研究した人はたくさんいたと思います。それでも、夢は解明されていないもののひとつです。

もともと不確実なものだけに、夢とはなにか、そして夢の持つ意味を解明することは、まず難しいのでしょうね。

そして潜在意識と夢は、おそらくとても密接に働いているもの。

わたしたちの意識のうち、潜在意識の占める割合が9割とも言われています。潜在意識自体が解明されていないものなのだから、夢とはなにかが解明できないのは当然かもしれません。

近年の潜在意識についての最大の発見は、「潜在意識にある思いが現実化する」とわたしたちが気づきはじめたことなのではないでしょうか。

さて先日、夢の中で「とうとう夢の役割がわかった!」と思ったので、忘れる前に大急ぎで目を覚ましました。起きてみると、そこまでの確信は持てなかったのですが、自分なりの仮説として書くことは自由でしょうから書いてみます。

その日、夢の中で宙に大きなナスカの地上絵が描かれているのを見ました。空と書くよりは、宙と書くのが正しいような気がします。そこは、地球のようで地球でないような場所、こことは次元の違う場所だと感じたからです。

その時、自分のからだは地面に立っていたのですが、こことは逆の側に居るような感覚があって「だから宙に地上絵があるのだな」と思えました。地球に居るときと地上と宙が逆なのは、反対側に居るからだと理解したのです。その時、妖精のような小さなエネルギー体が飛んできて、ほんの一瞬交わったあとに、儚く散ってしまいました。そんな刹那さも、そこでのわたしは「あぁ、消えてしまったか」と受け入れていました。

夢の中で訪れる場所はさまざまですが、繰り返し訪れている場所がいくつかあります。なぜそれがハッキリわかるかというと、夢の中で「ここは、あの地下でシチューが食べれる店の近くだ」とか、「おいしいパン屋の近くだ」と思い出して、食いしん坊のわたしは行く先々でおいしいものを食べようとするのです。ついに訪れると、そこでも時間が経過しているようで、記憶していた様子と変化していることがあります。例えばこの時、目当てのパン屋さんはカフェ併設のパンコーナーに変化していて、パンの種類もずいぶん減っていてガッカリしたものです。

こんなような取り留めのない夢ではあるのですが、その日起きる前に気がついたことは、夢の中でこうして繰り返し繰り返し、現実のバージョン違いの、こちらとは別の側にある世界を訪れているのだということです。

「パラレルワールド」と言うのがいちばんしっくりくるのかもしれません。いずれかの選択が違った場合の可能性のひとつの世界。いまという時点からみると、未来であったり、過去であったりしながら、同時にも存在している、そんな世界です。

さて、いよいよ核心です。

わたしはそこでなにをしているのか?というと「調整」をしているのだと思ったのです。いまここにある現実の世界のために、無意識の世界、もしくは集合意識の世界で調整をしているのです。

例えば、もう現実の世界では無かったことにしてしまってもいいような、自分自身の未消化の感情を癒すことであったり、しそびれた経験を得ること。いまここの現実の世界に持ち込むと厄介だけど、まだ「調整」が必要なもの。これらを調整することによって、現実をよりスムーズなものにしているのではないでしょうか。

誰かとの関係で「調整」が必要な場合もあるようです。そうすると夢の中でその人の思いを聞いたり、時には対話することもあれば、リハーサル的にこれから現実の世界で深く関わる人に事前に会ったりもしているようです。時には誰かの現実のために調整をしている場合もあって、自分と他人の境目もあるようでないような、そんな世界です。

夢の役割のひとつは、現実のために意識の世界で調整するためのもの。こう考えると、奇天烈な夢も、混沌とした夢も、すべて納得できてしまうので、いまのところこの説が自分の中で最有力となっています。