怒りの感情の三段階

先日「怒りの感情、怒りのエネルギー」という記事を書きましたが、怒りの感情について、もう少し書いておきたいと思います。

みちよさんの元で学びはじめたころから、感情を観察することが習慣になりました。自分にとっては当たり前になっているので、わりと瞬時にやってしまうのですが、中でも怒りはわかりやすくて、観察がしやすいと思います(ただし感情にどっぷり浸っているような時は別です!)。

観察を続けるうち、怒りの感情には、3つの役割があると思うようになりました。

 

怒りや不愉快な感情が出て来たとき、わたしがまず最初にするのは

「わたしは、なにが嫌だと知らせたいの? なにが悲しいの?」

と自分に問いかけることです。この段階の怒りは、自分のため。自分の望みを知るためです。ここで答えが出ると、感情のレベルでの癒しが起こります。怒りの奥にあるのは、基本的には悲しみ。さらに悲しみのその奥には、叶えられなかった願いがあります。

ちなみに、自分で答えに気がつくと、怒りを他人にぶつけなくても癒しは起こります。怒りから、感情的な行動をするのは、諸刃の剣を振り回すようなもの。相手も自分も傷つけてしまった後に悔やむのは自分です(荒療治が必要な場合もあるかもしれませんが、その話はまた別の機会に)。

感情を抑制し過ぎて生きて来ていると、それを癒す過程で、感情を出すことを無理矢理しようと努力してしまったりもしますが、頑張って無理に出そうとしているなら、そこにも問題が隠れています。感情は、本来それを味わう過程で表現されるものですよね。

だからと言って、怒りを押さえ込まないでくださいね。怒りを表現していいんです。わたしは余計なことはあまり言いませんが、だいたいいつも、顔に出ていると言われます(笑)。

大切なのは、自分自身が怒っていることにちゃんと気がつくこと。怒っている自分を責めたりしないこと。そして、怒りの根っこにある思いに気がつくことです。

人に伝える必要がある怒りなら、もちろん伝えていいんです。
人に対して怒る必要のある場面も、あると思います。

 

癒されるべきは、感情のレベルだけではありません。もうひとつ、大切な質問をします。

「わたしも同じようなことをしていないかな? この出来事は、何に気付かせたくて起きたのかな?」

例えば、感じの悪い言い方をされて、むっとしたとします。そんな時に自分を顧みると、同じようなことをしていたりするものです。この段階の怒りは、自分の成長のため。よりよい自分になる気づきを得るためです。

ここで答えが出ると、主に人間関係に癒しが起きると思います。他人は自分の鏡だと言いますよね。自分が変われば、周囲の人の態度も変わっていくものです。そして、人間関係に癒しが起きるということは、自分の現実の世界がよりよくなることでもあります。

 

このふたつの質問では、答えが出ないこともあります。そうしたら、最後の質問です。

「わたしに何を知らせたいの?」

ここで知ることは、自分を顧みるための気づきとは別のものです。天命を知るため、自分の目的を知るため。そういった怒りもあるのです。わたしが必ず激しい怒りを感じる事柄には共通項があって、それらは突き詰めると、既成概念や集合意識への怒り、社会への怒りです。

そしてそのたび「わたしはそれらに変化を起こしたくて、ここ(地球)に来たんだ」と改めて思います。

残念ながらいまのわたしには、まだそれに気がついても社会に大きな変化を起こせるだけの力はありません。だからと言って無力さを嘆いたりもしません。小さな行動、小さな変化を積み重ねていけば、どんどん拡大していくと知っているからです。そして、必ず社会全体が、世界が、癒される日が来ると信じています。

そして、怒りについて書きましたが、一番大切なのは喜びで生きること、喜びを広げることだと、心から思っています。