旅立ちの知らせ

新人デザイナーだった頃、ものすごくお世話になっていた友人が亡くなったという知らせが届きました。

彼女は、世話焼きで姉御肌。なんでもテキパキとこなす人で、社会人としての知恵をまるで持っていなかったわたしに、給与交渉の仕方までアドバイスしてくれました。

その知らせを受け取ったとき、ものすごく不思議なのですが、彼女のとびきりの笑顔が浮かんで、心の底から安堵の気持ちが湧いてきました。やっとラクになれたんだね、よく頑張ったね、おつかれさま、いまは幸せそうだねって思ったのです。

友人が亡くなって、悲しい気持ちよりも先にそういう感情が出て来る自分に「なぜだろう?不思議だな」と思いましたが、正直な気持ちをそのまま感じてみることにしました。

彼女が亡くなったのは9月の末。川島なお美さんが亡くなったのと同じ頃、ちょうど変化の大きかった月蝕の日だったそうです。そういえば、ここ一ヶ月ほど、オラクルカードをひくと天国からのメッセージのカードが出ることがあって「誰だろう?心あたりがないな」と思っていたのですが、彼女だったのかもしれません。

ほんとうに有能な人で、一緒に仕事をしていた頃はいつも助けてもらっていましたが、ある時突然体調を崩して退社してしまいました。躁鬱病でした。それからは、気候のいい春頃に元気が出ると連絡をくれるほかは、ほとんど連絡も取れない状態でした。

数年に一度会うたび、どんどん悪くなっているのがわかりました。入退院を繰り返して、大量の薬を飲み、脳に電気を流すようなハードな治療を続けていました。チャーミングな美人だったのに、歯は全部なくなって入れ歯になり、いろんな病気を併発していました。

わたしは、精神疾患の患者に対して、いまの医学ができることが、こんなことしかないのかと、悔しい気持ちでいっぱいでした。

みちよさんの講座でカウンセリングを学んだあと、わたしは彼女の力になりたいと思っていました。でもまだ、いまのわたしには手に負えないような気がしていたのです。

最後に電話をもらった時は、おそらく危ないぐらいの躁状態で、たしか入院の前日だったのですが、世話焼きの彼女は、友だちにわたしの会社の宣伝をしてくれているのだと言っていました。また元気になったら連絡するから、中目黒の桜でも見ながらお茶でもしようと。

結局、次の桜の季節を彼女と一緒に迎えることはできませんでした。だけど、いま、こうしてブログを書きながら泣いているわたしに「大丈夫よ〜、こっちで楽しくやってるから」と笑っているような気がしています。

恭子さん、あなたに会えてよかった。ほんとうに、ありがとう。