スピリチュアルを当たり前のことに

スピリチュアルの分野で、わたしが何をしたいのかというと「スピリチュアルを当たり前のことにしたい」のだと、師匠のみちよさんとの会話で気がつきました。

以前は少し気を使って、スピリチュアルに興味のない人には、なんとなくボカして話をしたりもしていました。「もうそういうのもめんどくさいな」という思いと、「スピリチュアルって普通のことじゃん」という絶対的な信頼と、いまの自分ならどこを突っ込まれても自分なりの答えができるという自信もあって、最近では(広告の)仕事で会った人に趣味を聞かれても、平気で「いまは、チャネリングの練習が楽しいんですよねぇ」と答えたりするようになりました。産むが易しで、それでも全く問題なかったのです。

そして、スピリチュアルの世界だけに閉じこもっているのも「違う」と思っています。わたしたちはいま、地球にいるわけですから、現実を楽しむために生かしてこそ。精神世界にいるだけなら、ここ(地球)に、物質の世界にいる必要がないと思うのです。

わたし自身は、瞑想も時々しかしません。「瞑想なんか死んでからいくらでもできる」と思うと(笑)、それよりも目の前にあることを楽しみたい、現実の世界で遊ばないともったいと思ってしまうのです(瞑想の習慣をもつこと自体は、よいことだと思います)。

薔薇の香りを楽しむこと、花びらに触れること。そんな小さなことでも、ここでしかできないことだし、いま、ここで起きていることを見逃したくない。心だけじゃなくて、肉眼で見るよろこびを味わいたい。どこかに地球での転生はこれが最後かもしれないという思いがあるので、物質の世界を楽しむことに対して欲張りなのかもしれませんね。

自分自身のスピリチュアリティを当たり前に捉え、現実の世界でそれを当たり前に生かし、楽しんでいる人を見ると「かっこいい人だな」と思ってうれしくなります。そういう生き方こそ、わたしたちがこの世界でしたかったことではないでしょうか。