固定観念を外すゲーム

保育園に入って最初のかけっこの時、「競争」の意味がまるでわからなかったわたしは、隣のレーンを走っていた女の子に「どいて」と言われてその通りに譲り、ビリでゴールすることになりました。

小学校 1年生の頃のわたしはお小遣いで可愛い文房具を買うのが好きで、選ぶのも上手かったと思います。周りの友達が「いいな、ほしいな」と言うたびにあげていたら、「同級生のお母さんたちに会うたびお礼を言われるけど、いったいどういうこと?」と母にこっぴどく叱られました。「所有すること」に執着がなかったのだと思います。

いま思うと、わたしはそれで幸せだったのです。人に勝つことにも所有することにも興味がなかったし、人が喜ぶのが楽しかったのです。

そんな調子だったので「変わり者」だと言われ続けましたが、ことあるごとに咎められたり叱られたりするうち、「普通はこうするものだ」という既成概念にもある程度馴染んでいきました。そうなるにつれ「普通は」という言葉は、いつもわたしを苛立たせ、傷つける言葉になりました。普通でない家庭で育った普通でないわたしが丸ごと否定されるようで、もどかしかったり悲しかったりしました。

最近になって、後から身に付けた「普通はこうするものだ」という考えに合わせる術を、もう捨ててしまっていいんじゃないかと思っています。なにか不愉快に思うことがあった時、「なんでそう思うんだろう?」と自分に問いかけてみると、不要な固定観念のせいで不愉快になっていることがあるのがわかったのです。

ひとつひとつ確認しながら、要らなくなった固定観念を捨てていくと、心がどんどん身軽になっていきます。それが楽しくて、新しく覚えた遊びのように「なんでそう思うんだろう?」と自分に問いかけるのが癖になりました。他者の影響だとわかると簡単に捨てられるものもあって、ゲームでひとつひとつステージをクリアしていくような面白さがありました。

結局のところ、自分を縛り付けて苦しめているのは、自分でしかないのかもしれません。先人から学ぶこともたくさんあるけど、古い観念が自分を苦しめるのだとしたら、自分なりの幸せな生き方を創り出す側に回ればいい。自分の人生、コントローラーを握るのは、最後まで自分です。